その31:「高原列車は行く」 第一章

井上聡子

 

今回は、『高原列車は行く』という曲を使った特別養護老人ホームでの音楽療法の様子を紹介します。

 

この曲は昭和29年、岡本敦郎さんが歌われヒットしました。蒸気機関車の時代、たくさんの煙を吐きながら大きな汽笛の音を鳴らして颯爽と進んでいく高原列車の姿を表した曲調に、明るく色とりどりに変化をする景色を表現する歌詞の心地よい調和が、当時の人々の心に響いた歌だったのでしょう。

 

私がこの歌を聴いて思い出す事は、今も元気に走る蒸気機関車、「SLやまぐち号=貴婦人」を、幼少時代に故郷、山口県山口市の仁保で見た事です。子供の頃、両親に連れられ黒い煙をはくSLを見に行った時の音やススの匂いが、この曲を聴くと思い出されます。あの煙の中でハンケチを振ったら真っ黒になるだろうなー、窓から煙が入ったら降りる頃にはススだらけだなー、などと想像していたことも思い出します。時代は違えども、「蒸気機関車」という共通の話題を通し、施設のご利用者と共有できる思い出です。

 

最初に私個人のこの曲についての思い出を少し書きましたが、音楽療法で使用する音楽について、曲の背景や歴史を知り、なぜその曲がその時代にヒットしたのか等を理解した上で、どのようにその曲を使うかを考えて臨床を行うのと行わないのでは、療法後の効果に違いが出ると思います。特に認知症を患われる方への音楽療法では、なぜその曲が人々の心に残っているのか考えた上で、その音楽を通してコミュニケーションを図り、個々の目標に応じた音楽療法を提供する事が、目標の達成に繫がります。ここですべての“なぜ”を解明することは難しいですが、この点について一緒に考えてみて頂ければ、という思いを持って書いています。

 

さて、今回はこの「高原列車は行く」を使っての音楽療法の実践の様子を流れに沿って紹介させていただくのですが、これはあくまでも私の臨床現場の一つである特別養護老人ホームでの様子です。その施設での音楽療法の臨床は、いくつかの明確な目標を持って行われています。

 

一つ目の大きな目標は、施設利用者の方々の体力の維持または体力減退の予防です。例えば、高齢のために体温調節が難しくなるだけでなく、運動量が少ない生活のためにのどの渇きを感じられない利用者の方が多くいらっしゃいます。介護士の方々も色々な話術で水分摂取を促されるのですが、「いらない」と水分を摂られない方が多くいらっしゃいます。のどの渇きを感じられなくとも、経口水分を摂られないために脱水症状を起こされる方も少なくなく、毎日の水分摂取量は、ご利用者の状態に合わせて細かく管理がされています。

 

私がこの施設で関わっている利用者は全介助を要する方々です。そのためお一人で排泄に行かれる事は難しく、水分を摂るのを控えようとされる方もいらっしゃいます。いくらお声掛けをしても「もういいよ。」と言って飲まれません。時には、しつこいからと大きな声で怒り始められたり、また時には、コップを投げてしまったりと、「水分を摂る」と言う私達の日常ではとても簡単な行為が非常に難しくなることがあります。そして、水分の経口摂取が困難になれば点滴をする事になり、更にご利用者の体に負担がかかってしまいます。

 

このため、音楽療法臨床では、歌を歌う事、すなわち口を開けて声出して頂く事で唾液の分泌を促し水分補給の促進を促しています。唾液の分泌が減少すると口腔や咽頭部の粘膜が乾燥し、喉の痛みににも繫がります。特に、施設内は、空調設備が整っている分、思った以上に室内が乾燥をしている事が多く、水分の経口摂取は大変重要な課題の一つです。歌唱を通して、唾液の分泌が活発になると喉の乾きを感じられ、1時間30程の活動が終りおやつの時間が始まると、ご自身の意思でごくごくとお茶やコーヒーなどを笑顔で「美味しい」と言われながらあっという間に飲まる姿が見られます。

 

最初に目的の例をひとつ上げて説明してみましたが、次に、全体的なこの曲を使った音楽療法での目標とアプローチを紹介します。この施設では、 他者とのコミュニケーション向上、自己表現、リラクゼーション促進、ストレスの軽減、気分転換、長期記憶の刺激、体力・運動能力の維持、QOLの向上などが音楽療法の効果として求められています。

 

利用者の方々が一番お元気だった頃(10代後半から20代)の曲を使うことで当時の記憶を呼び覚まし、その頃の事や思い出話が飛び交います。歌を歌う時には、意識をして歌詞集を利用することがあります。文字を読む機会の少ない利用者の方々に、歌の載っているページをご自身で探してもらう事で指先の利用と、文字を見る、読むことから脳の活性化を促しています。身体的認知的に問題がなければ難しくない行動も、年を重ねるごとに難しくなられます。歌詞集のページをめくるという行為一つをとっても、細かい指先の作業でなかなかめくる事に苦労されます。歌詞集のページをめくり、歌いたい歌詞を見つけて頂く中で活動量を増やし、自主的な行動を促しています。

 

この音楽療法に参加されているご利用者の皆さんの認知度は様々といえますが、要介護認定では3、4の方々です。一度歌ってもその後すぐにお忘れになられる事が多いので、何度も同じ歌を歌う事もありますが、毎回皆様真剣に歌われています。その合間の会話は、始めその曲について一言だったのが、二言三言と増えていきます。また、何度も歌っていると「これはさっき歌ったよね。」と、ふと普通の会話が生まれる事もあります。このようなことが起こる時、セラピストも少しだけその歌が流行っていた頃の様子などを聞かせて頂ける事があります。

 

ご家族がご訪問された時に、「お母さん(お父さん)が、こんな歌を知っていたとは思わなかった。」と、嬉しそうにおっしゃたり、ご一緒に歌われる事もあります。歌詞集の中からご家族の思い出の曲をリクエストされ親子で歌われるとき、お二人の目に涙が浮かんでいることもあり心が熱くなります。家族間のコミュニケーションのサポートも音楽療法の大切な目的です。

 

また、歌いながら身体を動かす事で血液の流れを良くし、身体の活性化を促します。皆様車いすをご利用になられているため上半身は動かす機会が多いのですが、足を動かされる事はあまりありません。特に、同じ姿勢で座っていらっしゃる事が多いので、同じ場所に血液がたまり鬱血されたり、骨の変形を起こしたりされる方も多くありません。ご自分で動かせる所は少しでもご自分で動かしてもらう事で、血液の流れを良くしていきます。勿論リハビリの先生からも助言を頂きます。ご自分で動かされる分はどんどん動かして頂く方が良いということですので、音楽療法では音楽を通してその促しを行います。はじめは、肩の辺りまでしか挙らなかった手が、何度か繰り返えしていく内に頭の上までまっすぐ伸びていくこともあります。

 

この曲は、アップビートで軽やかな流れの曲ですから、その曲調にあった感情表現を促すかけ声を、イントロやアウトロ、間奏の間に入れます。この曲では特に、笑う事で心身の活性化を促します。もちろん、音楽で身体のリラックスを促す事もあるのですが、この施設では音楽療法活動を通しての心身の活性化を促すことを求められています。但し,活性化を図った後には、クールダウンやリラックスを促し、元の日常生活に戻って頂くことは忘れてはなりません。昼間十分に活動される事で、夜間の睡眠を十分とって頂く事に繋げます。

 

今回は、「高原列車が行く」という曲を使った高齢者施設での音楽療法活動を通してどのような目的達成が考えられるかを紹介しました。

 

 次回、実際にこの曲を使ったセッションの様子を紹介します。

 

 

*ブログその32:「高原列車は行く」第2章に続きます。

 

 

ブログ村「音楽療法」のページはこちらから

 

★最近のブログ記事★

November 8, 2017_No.213

特別講習「Every Time We Say Goodbye」から

 

October 22, 2017_No.212

スタッフミーティングの様子紹介

 

October 19, 2017

ニュースレター2017年10月号

 

October 14, 2017_211

何をもって音楽というのか?その3

 

October 11, 2017_No.210

何をもって音楽というか? その2

 

October 1, 2017_No.209

何をもって音楽というか?その1~アメリカンアイドルのオーディション現場から~

 

September 24, 2017_英語27

"Call in sick" これからの季節、お気をつけください

 

September 22, 2017

ニュースレター2017年9月号

 

September 10, 2017_No.208

「マストラウマとは?」

 

August 30, 2017_No.207

WHO版 サイコロジカル・ファースト・エイド 日本語訳

 

August 29, 2017_英語26

"First Day of School" 8月の終わりは大忙し!

 

August 22, 2017_No.206

第17回日本音楽療法学会東北支部大会リポート

 

August 16, 2017

★ニュースレター2017年8月号

 

August 5, 2017_No.205

研修会リポート2017 in 東京&三重

 

July 28, 2017_No.204

論文投稿への招待メール?:音楽療法世界大会番外編

 

July 27, 2017_No.203

第15回音楽療法世界大会: The 15th WCMTリポート2

 

July 23, 2017_No.202

第15回音楽療法世界大会: The 15th WCMTリポート1

 

June 11, 2017

英語25:「子ども」って英語でなんていうの?

 

May 22, 2017

★ニュースレター2017年5月号

 

April 29, 2017_No.201

認定講習会のお知らせ

 

April 17, 2017

★ニュースレター2017年4月号

 

April 10, 2017

英語24:「若者を」を英語で言うと?

 

April 2, 2017

★本会主催研修会のお知らせ

 

March 29, 2017

今週の英語23「高齢者って英語でどういうの?」

 

March 18, 2017

★ニュースレター2017年3月号

 

March 7, 2017

★ドラムサークル・ファシリテーター研修生募集のお知らせ

 

March 3, 2017_No.200

音楽療法 in アジア

 

February 26, 2017

★音楽療法士募集のお知らせ@三重

 

February 9, 2017_No.199

スタッフ細江の「音楽療法アセスメントについて」講座のお知らせ

 

February 5, 2017_No.198

音楽療法士についてのリサーチ

 

January 22, 2017_今週の英語23

MT資格更新に必要なCEとは?

 

January 18, 2017

★ニュースレター2017年1月号

 

January 15, 2017_No.197

音楽療法士として初心に帰る

 

January 8, 2017

新年、あらためて会の自己紹介です

 

December 26, 2016

★ニュースレター12月号

 

December 14, 2016_No.196

音楽療法士が燃え尽き症候群になる3つの理由

  

December 2, 2016_No.195

AMTA学術大会2016リポートvol.2

 

November 27, 2016_No.194

アメリカ音楽療法学会学術大会2016リポートvol.1

 

November 21, 2016

★ニュースレター2016年11月号

 

November 12, 2016_No.193

大統領選と音楽

 

October 23, 2016

★ニュースレター2016年10月号

 

October 16, 2016

今週の英語22:「対象者=クライエントとは限らない」

 

October 11, 2016_No.192

第16回日本音楽療法学会学術大会レポート2

 

September 25, 2016_No.191

第16回日本音楽療法学会学術大会レポート1

 

September 23, 2016

ニュースレター2016年9月号

 

September 15, 2016_No.190

就労支援における音楽療法

 

今週の英語21

発音2〜オペラの授業に隠された発音上達のヒント〜

 

August 10, 2-16

今週の英語20:この記号、知っているようで知らないかも?#

 

August 2, 2016_No.189

聴くとリラックスできる音楽とは?

 

July 26, 2016

今週の英語19: 行動観察などの時に便利なアレ

 

July 10, 2016

今週の英語18: 発音1:いろいろな国の英語&発音上達法

 

June 24, 2016_No.188

世界音楽療法大会ニュースvol.2_演題募集関連、その他

 

June 22, 2016

今週の英語17: 時代と共に変化する英語2"Significant Other"

 

june 11, 2016

今週の英語16: セッティング・Setting

 

June 6, 2016

★5周年を迎えました

 

May 20, 2016_No.187

第15回世界音楽療法大会 vol.1_演題募集のニュース

 

May 18, 2016

今週の英語15: 時代と共に変化する英語、「徘徊」という言葉の変化

  

May 9, 2016

今週の英語14: "Piggyback" 豚の背中??

 

April 29, 2016

今週の英語13: "Instrument"の"楽器'

以外の意味

 

April 18, 2016_No.186

音楽療法士、非常事態に何ができる?

 

April 11, 2016

今週の英語12: 歌う前のかけ声は?

 

April 1, 2016

今週の英語11:カタカナ語で本来の発音が違うもの3

 

March 22, 2016

今週の英語10:カタカナ語で本来の発音が違うもの 2

 

March 6, 2016_No.185

音楽療法とメディア vol.4

 

March 2, 2016

今週の英語 9 :カタカナ語で本来の発音が違うもの1

 

February 25, 2016_No.184

グラミー賞授賞式にて「音楽の力」

 

February 21, 2016

今週の英語8: Call for Papers

 

February 20, 2016_No.183

音楽療法とメディアvol.3

 

February 14, 2016

今週の英語7: Individual vs. Group

 

February 6, 2016

今週の英語6: Session

 

February 5, 2016_No.182

音楽療法とメディアvol.2

 

January 31, 2016

今週の英語5: Population

 

January 24, 2016_No.181

音楽療法とメディアvol.1

 

January 19, 2016

今週の英語4: Preference

   

December 22, 2015

今週の英語3 Holiday Song

 

December 14, 2015

今週の英語2   Practice

 

December 7, 2015_English1

今週の英語1_ Grobal Perspective

 

December 6, 2015_No.177

研修会リポート&新企画のお知らせ

 

November 25, 2015_No.176

グローバルな視点とその活かし方

 

November 22, 2015_No.175

日本から発信する大切さ

 

August 17, 2015_No.173

MT Student Amanda's Trip to Japan in 2015

 

August 17, 2015_No.172

音楽療法学生アマンダの日本旅行リポート:イントロ   

 

 人気トピック集

* 映画「パーソナルソング」関連 *

 

11/7/2014

映画「パーソナル・ソング」

 

11/14/2014

「パーソナル・ソング」@フォーラム

 

11/16/2014

「パーソナル・ソング」について訊きたかったこと

 

 

  ★過去記事一覧★