ムーブメント・クワイア(後編)

*ポトマック川
*ポトマック川

「ムーブメント・クワイア(前編)」の続きです。「ムーブメント・クワイア」のワークショップ、午後の部の様子を書いていただきました。

 

木村有里

 

お昼はサンドイッチが配られて、それをほおばりました。それから、何人かの人が車を出し、私はその一台に乗って、ポトマック川の河畔に向かいました。

 

思えば、ワークショップの途中で、参加者の誰かの運転でどこかに出かけるなんて、あんまり経験しないことだと思います。ちょっとドキドキしていましたが、参加者のほとんどは、一緒に参加した同僚がよく知っている仲間だったから落ち着いていられたのかもしれません。

 

春のポトマック川は静かでした。そこで「木」、「川」、そして「水路」という、三つのグループに分かれました。それぞれ10人くらいだったでしょうか。グループはおのおの、木々の生えているところ、川辺、水路のそばに移動し、散り散りになりました。

 

私は「木」のグループになりました。

 

「木」のグループは、木が何本も生えているところに来て、個々で自分の動きを考えました。私は、とりあえず他の人のやっているのを見ました。木に触れたり、木と木の間を動いたり。切株があって、そこに座ったり、立ったり。みな、思い思いの動きをしていました。

 

それほど大きな動きをする必要もないようで、動かなくても良いような雰囲気でした。それから、私はちょっとずつ動きはじめました。すると、ふと動きを思い立つこともありました。そうして、10分か20分か、よく覚えていないのですが、経ったのち、「木」のグループのみなで集まって、一人一人動きを見合いました。それぞれの動きは、ダンスの振付のような長いものではなくて、どれも数秒、長くても一分もなかったと思います。

 

動きを見終わったら、今度は一人一人の動きを、創った人がみなに教えて、「木」のグループ全員で動きました。その後、個々の動きの順番を考え、その動きをすべてつなげて、一連の動きにしました。これで「木」のグループの動きができあがりました。

 

当然のことですが、人によって全然動きが違いました。そして、他の人の動きを、自分もやってみることは、不思議な体験でした。何か、その人の大切なものに触れているような感覚でした。

 

特に決まったルールを言い渡されたわけではなかったけれど、暗黙のうちに、一人一人の動きを尊重し、受け入れるという前提があったように思います。そして、私の動きを、グループの人たちが真似した時、これこそ新鮮な体験でした。自分の中の何かが、現実に他の人によって体現されているような、そんな感覚をもちました。

 

それから、ばらばらに行動していた「水路」、「木」、「水」のグループが一同に集まりました。

 

まず、全員で動くイントロの部分がありました。リズム感のある音楽がラジカセから流れて、みなで動きながら「水路」のグループが活動した場所に向かいました。

 

 

まず「水路」グループが、動きを披露しました。それを「木」と「水」のグループが見ました。それから、今度は「木」の場所に行って、「木」のグループが動きました。そして最後は川辺に移動し、「水」のグループが動きました。

 

こうして、「ムーブメント・クワイア」の一日は終わりました。

 

この「ムーブメント・クワイア」の体験は、自分の中にエネルギーが湧いてくるような、自分を浄化するような、そんな感覚を与えてくれました。

 

こうやって書くと、ちょっと神秘的なかんじがしますが、様々な芸術活動に共通する感覚だと思います。面白かったのは、決められた動きをみんなでするのではなくて、それぞれの人が提案した動きを、みんなでしてみた点です。

 

自分の表現をみながすることや、他人の表現を自分もすることは、それまであまり経験したことがなかったと思います。そして、人が集まり、息を合わせて動く、という体験そのものが、人にエネルギーを与えてくれるものなのかもしれません。

 

「ムーブメント・クワイア」は、身体について、動くことについて、私の興味を広げてくれた経験となりました。    

 

 

 

 

ブログ村「音楽療法」のページはこちらから

 

人気ブログランキング「音楽療法」のページはこちらから