芸術療法による軍関連家族のサポート

 

先日、スタッフの中井さんの書いた記事が「伊賀音楽療法研究会メールマガジン」に掲載されたので、このブログでも紹介させていただきます。音楽療法を含む芸術療法を使った、米国軍関連の家族のサポートプログラムについての貴重な記事です。メルマガからも読めますが、このブログにも本文をそのまま貼付けますので、皆さん是非お読みになってみて下さい! 

 

 

 

中井弥生

 

 

前職場、”Institute for Therapy through the Arts 以下ITA” はアート、ドラマ、ダンス・ムーブメント、音楽というつの創造芸術療サービスを提供する非営利団体でした。今回はITAで行われている米軍関係の家族へのサポートプログラム「Operation Oak Tree / オペレーション・オークツリー」について書いてもよいと許可がでたのでレポートしてみたいと思います。

 

ご存知の方も多いと思いますが、戦争から帰ってきた兵士の中には見た目にはわからなくても、PTSDや軽・中度の脳障害、それに伴う様々な依存症などを発症する人が多く存在しています。これらの諸症状がその後の生活、人間関係、家族関係に支障をきたす原因となってしまい、今大きな社会問題となっています。このレポートでは、家族メンバーや子どもたちへのサポートにどう芸術療法が使われたかについて書いていますが、アメリカ軍の戦争参加について賛成反対の意見を述べているレポートではない事をご了承ください。

 

ITA は軍関係の家族に対して以下のつのような継続的サービスを提供しています。このつのプログラムについてITAが作成したLooking back, reaching forwardアドレス http://followthewall.org/というブログに詳しく紹介されているので、まず日本語にに大まかに訳しながら私の説明も加えてみたいと思います。

 


1、Pre-Mobilization Programming for Military Families (動員時の家族の為へのプログラム)


親が軍隊に動員される時期はこども達も不安になります。これから家族は、自分の生活はどうなるのか。そういった不安や疑問を言語・非言語で表す事により新しい生活への準備をサポートします。

2、Programming for Families of a Deployed Service Member (動員後、残された家族へのサービス)


家族員が動員された時点で家族の中に変化が訪れます。家族の中の役目も変わってきます。そういった変化に適切に適応できるようサポートを行うのがこのプログラムの目的です。

3、Reintegration Programming for Military Families (任務終了後、再び家族として戻るサポートをするプログラム)

任務終了後再び家族がまた普通の生活に戻る事で新たな変化が訪れます。戦争で怪我や心の傷をおった家族員もいます。離れている間に生じてしまったかもしれないギャップを埋めるには円滑なコミュニケーションが重要です。家族内のコミュケーションをサポートするプログラムを提供します。

4、Programming for Families of Fallen Military Service Personnel (家族を亡くした軍関係家族へのサービス)

家族を亡くした軍関係家族同士のつながりをサポートしたり、気持ちを表現できる機会を提供します。


このように、軍に従事していても任務のどの期間にいるかで家族や子ども達のニーズも様々に変わり、そのニーズに沿ったサービスが必要になってきます。私は常にこのプログラムに関わっていた訳ではないのですが、ミーティングでは合同の話し合いが行われまたいくつかのイベントにセラピストとして出張してきました。
私が参加したのは3のReintegration Programming for Military Families (任務終了後、再び家族として戻るサポートをするプログラム)になります。


Reintegration Programming for Military Familiesの主な目的は上にも述べられていますが、会場では大人の家族員は脳障害、PTSDなどの講習、生活全般のサポートについての説明をうけ、その間子ども達は私たちが提供するクリエイティブアーツプログラムに参加しました。このプログラムはイリノイ州の様々な町で一日がかりのイベントが行われ、そのイベント内でプログラムが遂行されました。よって同じ参加者には一日さらには1回のみしか会うことができませんでした。
注意しなければいけない事として学んだことは、まずは子ども達に「何かある」と決めてかからない事でした。軍関係の家族全員が何かしら問題があるわけではないのです。そしてこの言葉は日本語に訳すのは難しいのですが「Containing」、「Holding」できるセッションを保つ事。「受け止める」と訳すのが良いのでしょうか。たった一日しかない機会に深すぎるセラピーを行うのは大変危険です。もし子ども達が深すぎる傷を持っていた場合、それを出させてしまったもののクライエントもセラピストも処理しきれないうちに別れの時間になって、後のフォローアップがないとなると傷口を開けてしまったクライエントのその傷をさらに深い物にしてしまう事があります。子ども達が安心して気持ちを提供できる場所をセラピスト達が外壁のような物を作り「受け止め」、溢れ出ないようにサポートするという感じでしょうか。これはトラウマケアなどでも言われている事なのでご存知の方も多いと思います。表現する場を与えるけれどもそれを子ども達もセラピストも「受け止められる」範囲で行うというバランスを注意深く観察することが大切でした。

会場にはセラピストが3人派遣され、私が出張で訪れた時はアート、音楽、ドラマでした。まず最初に家族の絵を描いたのですが、驚いた事に多くの子ども達が(戦争に行くのがお父さんとは限らないのですが)お父さんを赤で表現し、お母さんをとても小さく描く事が多々ありました。子ども達曰くお父さんはいつも怒っていてお母さんは幸せな時もあるけど泣いている時も多いとの事でした。ある男の子はお父さんの頭から立ち上る湯気まで描いていたほどです。

絵を描いて皆でシェアしても良いと言う人はシェアをしてからドラマに移行しました。その描いた場面を演じてみるのです。子どもによっては楽しい場面を演じてそれで終わるという子もいました。しかし中には表現できる機会を待っていた子もいました。お父さんとの葛藤、言えなくてもお母さんに気を使い口に出せなかった不安やいら立ちをドラマの中で次々と表現する子ども達もいました。
カウンセリングを専攻している博士、修士学生たちがボランティアとしてサポートをしてくれたのですが、彼らのなかには子ども達が背負っている不安や心配な気持ちを目の前にして涙が堪えられなくなりしばらく退席する人もいました。小さな体で本当にたくさんの事を感じているんだなと私も胸が詰まる思いでした。

時には台詞がでてこなく言葉が見つからない子どもには楽器を選んでもらって、音で演じてもらいました。ある恐怖をかんじていた女の子がその恐怖をドラムの音で表現し自らが選んだシェーカーの音をドラムの音よりも大きくし「恐れ」の音をだんだんと消し去っていく過程がとても印象的でした。彼女は自身が感じていた恐怖が何であったかは話すのに抵抗があったようなので聞きませんでしたが、唇を噛み締め震えていた彼女を強烈に覚えています。芸術を使い、言語と非言語の両方を用いて様々な角度から子ども達は自分のおかれている状況や気持ちや考えを表現していました。演じる事で自分の気持ちを体で感じる、絵を描く事で自分の気持ちを視覚化する、音で表現する事によって体に瞬時にフィードバックとして戻ってくる。表現芸術を通して伝わってくる子ども達の葛藤、不安、心配な気持ちは私にも目、耳、体、を通して波のように押し寄せてきました。その波が本当に大きくて、私よりも小さな体でこんな大きな波にさらされていたのかと思うと震えがでたほどです。

セッションの最後には先に述べたように、この会場で表現した事、感じた事、学んだ事などを彼女達が「受け止めれられ」、また日常生活に戻れるようドラマセラピストがセッションを閉じるアクティビティーをしました。放出していた気持ちを再び自分の中に戻して行く作業です。こういった作業を行わないとセッションが終わった後でも子どもたちはどんどん自分の気持ちをプロセスしてしまい耐えきれなくなる状況があるという事も学びました。芸術療法のパワフルさにセラピストである私も驚いてしまったくらいです。子ども達本人も驚いた事でしょう。まずは安全な環境ではないと人間は自分を出したくないですよね。自分たちの気持ちを表現しても良い安全な場所だと感じてもらうためにはこういったプロセスがとても大事だそうです。セッションの最後にはITAが作成したアクティビティーブックが配布され、両親にもどういうものであるか説明されました。その本には、家族皆でお話を作ったり、歌を歌ったり、絵を描きながらコミュニケーションが行えるようなアクティビティーが含まれていました。

このようなフォローアップが精一杯の事で、同じ子ども達に継続的なサポートが行えない事は残念なことでしたが、イリノイ州だけで行われていたこのプログラムが他の州にも広まりつつあるそうで、多くの家族、特に子ども達がこのように家族を思う気持ちを表現できる機会ができるのはとてもポジティブな事だと思っています。時には言葉を使っては直接すぎて話しにくい、または具体化できにくい気持ちも、芸術を通して円滑なコミュニケーションをすることができ、離ればなれに住んでいた期間に生じてしまったギャップを埋める手助けになっていけると良いなと思います。

このプロジェクトに関わって以来私の中にも変化があり、他の芸術療法に対する考えががらりと変わりました。音楽だけではなくもしドラマの中では、絵の中では、動きの中でクライエントはどう自分の気持ちを投影またはプロセスしていくのだろうと、常にこの4つを念頭に置きながら音楽療法もやっていくという考えをするようになりました。また、それぞれの療法で良く観察する点、例えばドラマセラピーであれば「登場人物」、ダンスセラピーであれば「姿勢や体の位置」、アートであれば「素材」などを音楽療法中にも観察することで、今まで自分が見えていなかった事などにも気づかせてもらえました。
その後に出会ったクライエントの中には4つとも全て必要だったという方もいて、芸術がもたらす表現の促進力には驚いてばかりです。これからもアート、ドラマ、ダンス・ムーブメントセラピーについて勉強し、どうお互いの分野が成長し続け、クライエントのために有効的に一緒に仕事ができるかと言う事を考えて行きたいなと思っています。

オペレーションオークツリーに興味のある方は是非Looking back,  reaching forward (http://followthewall.org) とITA (https://www.musicinst.org/institute-therapy-through-arts) のウェブサイトを訪れてみてください。