高齢者への音楽療法&音楽プログラムの再考 その2:他とは違ったアプローチ?

小沼愛子

 

シリーズの続きですが、前回の記事への反響が大きく個別質問もいただいたため、少し予定を変えて私個人の経験談から始めてみます。

 

今回だけでなく、これまでに重ねてご質問いただいた「どうやって高齢者に対して他の人がやっていないようなアプローチを色々思いつくのか?」にお答えする形です。(あくまで私個人の経験ベースであることをご了承ください。)

 

今から遡ること17年、2001年のことです。当時学生だった私は、音楽療法実習生としてボストン市にある高齢者施設に通い始めました。

 

実習先でのスーパーバイザーはいわゆるフリーランサー、複数の施設に出向いて音楽療法を実践している方で、「ニューハンプシャー州(マサチューセッツの隣州)の田舎の施設でも音楽療法セッションをやっているの」と話してくれました。

 

その話に興味を持った私が、「場所によって何か違いがありますか?」と尋ねると、「ボストン(比較的都会)とニューハンプシャー(比較的田舎)だと、同じクライエント層(白人の認知症高齢者、主に女性)でも、使える音楽が結構違うのよ。街中で育った人達はミュージカルや映画の曲が好きな場合も多いけれど、田舎だとカントリー音楽の方が圧倒的に人気。話題も違うし。もちろん、共通点も沢山あるけれどね。」と例を挙げながら答えてくださいました。

 

新前実習生だった私は、「なるほど。アメリカ人で同じ人種、性別、年代の人でも同じ音楽やアプローチが好きとは限らない。まずそこをしっかり見極めなくては」と、スーパーバイザーが教えてくれた当たり前すぎる音楽療法の基礎を、まるで何か重大な秘密を教えてもらったかのように大切に思いました。

 

当時の音楽療法の教科書には高齢者の音楽療法についてこのようなことが具体的には書かれておらず、授業も、「高齢者」「認知症」というくくりを中心に進められていて、個人の違いについては、実習を通して以外ではしっかり考える機会がなかったように記憶しています。(だからこそ、意味のある実習やスーパービジョンが本当に大切!と思います。)

 

この時のこの認識が、「高齢者だから、認知症だから、白人だから、とかで一括りにしない」考える自分なりのスタートラインだったように思います。

 

それから7年後の2008年。

音楽療法士として働き始めていた私は、AMTA(アメリカ音楽療法学会)の全国学術大会にて、認知症患者に即興音楽を使った事例発表を行いました。

 

当時のアメリカの音楽療法界では、「高齢者(特に認知症患者)への音楽療法は、クライエントが若かった頃に慣れ親しんだ曲を使う」のが定番で、即興演奏という選択肢はごく一部の手法を除き一般的ではありませんでした。(この点については「即興演奏をどう定義するか」にもよるため一概には言えない部分です。それについてはまた別の機会に書きたいと思います。)

 

発表に際して「自分のアプローチは受け入れられるのか?」という大きな不安がありましたが、好意的に興味を持ってくださった方々が多く、その点ひたすら安堵した記憶があります。また、当初の私の不安をよそに、この発表で紹介したビデオはその後「認知症患者への音楽療法の例」「わかりやすい音楽療法の例」として、大学での授業や学会発表等の場面で、複数の音楽療法士の先生たちによって使われてきました。

 

この一連の経験を通し、教科書通りの方法でなくても、クライエントのニーズに合わせて音楽を選択し効果的に機能させ目標達成できれば、それが一つのアプローチとして成り立つのだ、と考えられるようになりました。同時に、これは音楽療法という発展途上にある業界の懐の深さと強みであるという認識も生まれ、自信を持って様々な新しいアプローチにチャレンジできるようになりました。

 

さて、この時発表した症例において、なぜそのアプローチを試みるに至ったか?ということについて少しお話しします。

 

そのクライエントは、いわゆる「集団歌唱」に長年継続して参加していたのですが、音楽への反応が著しく落ち、鬱も悪化していました。もともと大の音楽好きだった人なので、「何とかもう一度音楽を感じてもらい鬱を改善できないか」という考えが原点となりました。クライエントの状態や背景からアプローチを考えて試した方法の一つが即興演奏だった、という流れです。(スペース上詳しく書けませんが、この事例についての詳細は2006年に音楽の友社から発売されたtheミュージックセラピー vol.10に掲載されています。)

 

最初に書いた「どうやって高齢者に対して他の人がやっていないようなアプローチを色々思いつくのか?」ということに照らし合わせて書くと、重要なのは「他の人のやらないことをやろうとする」ということでなく、「個々のクライアントのニーズに合わせて音楽やアプローチを選ぶ・作り上げる」から出発している点である、ということになります。

 

もう一つ、上記を通して私が経験した戸惑いを紹介します。

 

上記のような内容の発表や記事執筆をする度に、「即興演奏を専門に扱う音楽療法士」と誤解されることも多いということに困惑してきました。実際のところ、高齢者対象の臨床においては集団歌唱をメインに使ってきましたし、それが機能している限りそこに疑問も気後れも全くありません。それと並行して様々なプログラムやアプローチを考案し実施している、というのが実状ですし、それが現実的である、という考えを持っています。集団歌唱やその他の定番アプローチも、それが効果的であれば素晴らしいものである、ということをあらためて提言したいと思います。

 

ご質問に答えながら、と思って書いていたらすっかり長くなりました。次回からは私の話だけでなく、他の音楽療法士さん達が実行している高齢者を対象にした実際のプログラムなどを紹介させていただく予定ですので、どうぞお楽しみに!

 

 

 

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