メアリーさんのピアノ#5〜病名告知への反応〜

 

小沼愛子

 

 

前回ブログ98の続きです。(ここまでをお読みでない方は、ブログ「メアリーさんのピアノ#1」「メアリーさんのピアノ#2」「メアリーさんのピアノ#3」「メアリーさんのピアノ#4」をご覧下さい。)

 

メアリーさんが、私に是非話したいと言った「パーキンソン病告知にあたってのご家族の反応」の話が今回のテーマです。

 

 

メアリーさん本人が落ち着いていたのは対照的に、ご家族の何人かは相当「ドラマチック」になられたそうで、そのうちのいくつかを笑いも混ぜながら私に話して下さいました。

 

「家族の一人が、“これからずっと続けたい事は何かあるか?”って真顔で訊くから、“そうね。毎週日曜日に行っている教会に行き続けることかしらね”って答えたの。そしたら、“これからは自分が毎日曜日に教会まで連れて行くから、何も心配いらないよ!”って言うのよね・・・」

 

 

「私、まだ自分でひとりで問題なく歩けるし、今のところ介助は要らないのにねえ」

 

 

ため息をつくメアリーさん。

 

 

メアリーさんはカトリック教徒で、毎週日曜日に教会に通っているのです。ご家族はそれがメアリーさんの心のよりどころとなっていると知ってか、次のような話もありました。

 

 

「・・・もっとすごかったのは、“メアリーをバチカンに連れて行く!”って言い出した家族がいたことよ。」

 

 

「あなたも覚えていると思うけれど、旧ローマ法王のヨハネ・パウロ2世はパーキンソン病を患っていたでしょう。だから、っていうことらしいのだけれど・・・ 急にバチカンに行くって・・・病気が治るわけじゃないし、突然そう言われてもねえ・・・」

 

 

メアリーさんは少々呆れた表情を見せています。

 

 

「ご家族の皆さん、メアリーさんのことを愛するあまりに大きく反応してしまったのでしょうね」

 

 

「そうね。まあ、有り難いことよねえ・・・ともかく、そんな感じで皆大げさに反応しちゃって。診断名が下ったからって、私の体調が急に変わったわけでもないのに」

 

大げさで困った人達よねえ、笑っちゃうわ、という表情でメアリーさんは話します。

 

 

「その中でも傑作なのがあってね」

 

 

と、ほとんどウキウキした感じでメアリーさんは話を続けます。

 

 

「覚えているかしら?孫の一人に大学生の子がいる、って話したわよね」

 

 

「はい。とても優秀なお孫さんのことですよね?」

 

 

「そうそう、あの子よ。自慢の孫。あの子がね・・・

 

 

この時点で、メアリーさんはすでに思い出し笑い状態です。

 

 

「私の診断名を聞くなり、え? じゃあ、おばあちゃんはもうピアノレッスンを続けられないの?!って言ったのよ。」

 

 

「?? それが第一声ですか?」

 

 

「そうよ!もう、絶対にあなたにこれを話さなくちゃ!って思ってたの。」

 

 

嬉しくも、内心かなり驚いていた私・・・私はメアリーさんのご家族の何人かと面識がありますが、そのお孫さんには一度もお会いしたことがないのです。

 

しかし、その大変優秀な大学生のお孫さんが、祖母メアリーさんに感化されて何ヶ月前かにピアノを始めた、というのは聞いていました。

 

メアリーさん一家には音楽好きな人が多く、ピアノやギター、バイオリンなどをかなり上手く弾く人達がいることは過去2年に積み重なった会話から分かっていたことでした。しかし、大学生になったその男のお孫さんが、おばあちゃんの影響でピアノを始めた、というのは家族内でそれなりにニュースだったようです。

 

音楽が大好きなメアリーさんから伝わる何かがあったのでしょう。それがどんなものかは分かりませんが、ピアノはおばあちゃんにとって何か特別なものに写っていたことに間違いはありません。

 

 

メアリーさんは話続けます。 

 

 

「あなたにも何度か話したように、“こんな年でピアノなんか習って、大して上達もしないし、私は何をバカなことをしているのかしら?”って思って、止めようかと思ったことがこれまでに何度もあったわ」

 

 

「何度かそうおっしゃいましたね。これまで続けて下さって本当に感謝しています」

 

 

私はこの時点で、メアリーさんが「ピアノを止める」と言いだすことを覚悟していました。「そうなっても仕方がない、がっかりしてはいけない」と、自分に言い聞かせ始めていました。

 

 

「前にも言ったでしょ。You are the best thing ever happened in my life . 」

 

 

「 止めないわよ」

 

 

そのメアリーさんの台詞は、私が高齢者施設で音楽療法士として働いていた時に、何度もクライアントの方々から頂いたのと全く同じフレーズで、私にとってこれ以上ない光栄な言葉です。

 

 

「進みはとても遅くても、私のピアノに進歩はあると思ってる。あなたが“もうメアリーの相手は出来ません”って言ったら諦めるけれど、それまで続けたい」

 

 

私は本当はほとんど泣きそうでしたが、いつものようにメアリーさんに向かって毅然と言いました。

 

 

「何をおしゃっているんですか?そんな日が来る事はありませんよ」

 

 

まさか、私達の壮大なプランをお忘れではないですよね?」

 

 

今度は私の方が笑いをこらえながら話を続けます。

 

 

「まずは、100歳ソロピアノコンサートの計画。それから、私が結婚する時には結婚行進曲を弾いて下さる約束でしたよね?その日はまだまだ遠そうですし、メアリーさんが結婚行進曲をマスターしてくれないと、私は結婚式ができないんですよ」

 

 

 メアリーさんは思わず吹き出します。

 

 

「そうだったわねえ」

 

 

大笑いしながら、「私達って、つくづくドリーマーねえ」と締めくくって下さいました。

 

 

この日は異例に会話が長く、ピアノに触れた時間は普段の半分くらいだったかもしれません。メアリーさんも私もそうしたかったからそうしていたように思います。

 

 

そして、この日の会話の中に、メアリーさんのことをブログに書こう、と私に決心させた一言があったのです。

 

 

 

*「メアリーさんのピアノ#6」に続きます。

 

 

 

 

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